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zoom RSS 田中”ペログリ”康夫ちゃんの選挙区兵庫8区は尼崎市、市外局番は06

<<   作成日時 : 2009/07/24 00:51   >>

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こんばんわ。あらどくです。職探しも厳しいね。0勝6敗です。履歴書の写真と今の顔の人相が変わりすぎてて、誰かわからへんみたいです。リハビリ期間終了で、真面目に禄をいただけるお仕事につき、労働者としてのアイデンティティを持ちたいなと思っています。いや、大してそんなこと本当に思ってないんですけどね。もう、世捨て人になることもうすうす覚悟しています。世に蔓延る通説や常識が嘘っぽく思えてきました。真実は、私が感じたことにあるのだと。後はそれにどれだけ自信を持って行動できるかに真価、価値が問われていると。それには、もっとのたうちまわらなきゃいけないし、もっと這いつくばらなきゃならない。ドロドロに穢れていなくてはならない。そして、つかれたのなら青天の下の青い透明にすみわたった海に飛び込む。


レイバネットーより転記

黒鉄好@安全問題研究会です。

尼崎事故JR西日本が、尼崎事故での山崎社長起訴を受け、歴代社長らに対する「処分」を行いました。

http://www.asahi.com/national/update/0723/OSK200907230035.html(朝日新聞)より

 JR西日本は23日、05年4月のJR宝塚線(福知山線)脱線事故で山崎正夫社長(66)が業務上過失致死傷罪で在宅起訴されたことを受け、山崎社長を含む歴代社長3人と事故当時の経営陣らの計29人に報酬返上などの処分を科すと発表した。92〜97年に社長だった井手正敬(まさたか)・元相談役(74)については7月末で子会社の顧問を退任し、JR西日本グループを離れることから対象外とした。

 山崎社長は公判で起訴事実を争う構えだが、事故を発生させた経営責任については認めており、今回の処分は同社の組織的責任を改めて明確化する狙いという。

 87年の同社発足以降、社長を経験した5人のうち、故人1人と井手元相談役を除く3人は、8月以降、報酬返上3カ月(30%)とする。8月1日付でいずれも嘱託となる、事故当時の会長の南谷昌二郎顧問(68)と社長の垣内剛(たけし)顧問(65)も含まれる。

 また事故当時の常勤取締役や執行役員、現在の常勤取締役計23人も報酬返上3カ月(20〜10%)とした。この中には8月31日付で社長に就く佐々木隆之副会長(62)も含まれる。

 さらに、脱線事故車両に乗務していた運転士(死亡)が所属していた京橋電車区長(当時)ら3人についても管理責任を問い、戒告とする。

 同社では事故直後の05年6月にも、南谷、垣内両顧問を報酬返上3カ月(50%)とするなどの処分をしているが、07年6月に国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(当時)が事故の背景として懲罰的な日勤教育など組織風土の問題点を指摘。同社は昨春になって初めて歴代経営陣の責任について認めた経緯があり、改めて処分することにしたという。
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私がこの措置を「処分」とカッコ書きにしたのには理由があります。
こんなもの、処分ではありません。

事故の責任を感じているなら全員引責辞任すればすむことです。佐々木副社長に至っては、責任があるから報酬減額をするのに社長へ昇格では何がなんだかわかりません。事故の遺族がこの「処分」内容を聞いたら間違いなく激怒すると思います。

JR西日本を「命令と服従」の企業として完成させ、「天皇」とまで言われた井手氏を不問にしたのも許せません。井手氏こそ尼崎事故の最大の責任者であり、真っ先に責任が問われてしかるべきだと思います。

JR西日本はいつまでこんなごまかし、アリバイ作りを続けるのでしょうか。信濃川水泥棒に対し、減給の「人事措置」(処分ですらない!)で済ませたJR東日本もそうですが、「己に甘く、他人にだけやたら厳しい」官僚的企業体質のままでは、利用者の支持など永遠に得られることはないでしょう。

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http://members.at.infoseek.co.jp/m_c_hama/

鉄道ファンのブログ「人生チャレンジ20000km」
http://blog.goo.ne.jp/hitorasiku
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尼崎から「改国」宣言

「アメリカン・ドリーム」を夢見た人々と同じく、「アマガサキ・ドリーム」の期待を抱いて移り住んだ市井(しせい)の人々が、尼崎市民には数多いのです。“やっちゃ場”の活気と活力に満ち溢れる街、と形容し得る所以(ゆえん)です。思えば、阪神間と呼ばれる地域は、一ノ谷の源平合戦以降、絶えて歴史の教科書に登場しませんでした。再び、“時代の舞台”となるのは、明治維新以降です。殖産興業の掛け声と共に、神戸には巨大な造船所や製鉄所が誕生しました。
 他方、同じく阪神間なれど、市外局番も兵庫県内で唯一「06」の、大阪と接する尼崎では、紡績工場を始めとする町工場が営まれ、九州や四国、更には奄美大島、沖縄の島々から移り住んだ人々が、モノ作り産業の現場で勤務します。富国強兵の宿命を課せられたのが神戸であるとすれば、経世済民の希望を求めたのが尼崎。それは、映画「ALWAYS三丁目の夕日」の原作者・西岸良平氏が描く世界そのものなのです。
 利用者=消費者不在な経営効率至上主義の暴走を続けた挙げ句に数多くの犠牲者を生んだJR西日本の列車事故発生直後、迅速且つ適切な齊藤十内社長の決断と指示の下、日本スピンドル製造株式会社の従業員が、隣接する尼崎市公設卸売市場の面々と共に救出活動に駆け付けたのは、偶(たま)さかの行動ではない、と僕には思えます。
「世を経(おさ)め民を済(すく)う」経世済民こそは、人が人のお世話をして初めて成り立つ福祉・医療・介護・教育・環境の現場に傾注投資し、地域の活力と雇用を生み出す政治の立脚点たるべきです。而して、拙(つたな)き文章と発言を続けていた口舌(こうぜつ)の徒(と)・田中康夫に、信念と行動力の有言実行者たれ、と目を見開かせてくれたのが、大震災後の阪神間でした。
 日本の開国であった明治維新から140年有余、旧態依然な公共事業の現状に象徴される官僚統治・中央集権の既得権益社会を抜本的に改めるべく、尼崎の地で働き・学び・暮らす人々と共に「日本の改国」を。それは、善男善女の代弁者たる政治家が、官僚機構の下手人たる政事屋へと朽ち果てている惨状を、尼崎の地から「改国」する闘いでもあるのです。





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